魔珠 第13章 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「呪術はよく分かりませんが、あれは人の魂のようなものなのではないでしょうか」
「何だと」
 アラバスの言葉にレヴィリンが眉をひそめた。
「魔珠のエネルギーの代わりに多くの人に呪術を施し、魂をこの容器の中に詰め込んだのではないでしょうか」
「それを動力源にして術式を」
 面倒なことをする。そんなに多くの人間を集めなくても、優秀な〈器〉さえいれば、この容器をエネルギーで満たすことなど訳ないことなのに。
 レヴィリンは結界の向こうを見た。
 スイがたった一人、舞うように人魂に斬りかかっていく。
 襲いかかってくる人魂たちと目が合う。
 スイは何かを風のように叫びながら飛んでくる歪んだ顔にやりきれない思いを感じていた。
 子どもの顔もある。おそらくこの魂は政治犯のものだけではない。
 何の罪もない人たちが呪術の力で魂を抜かれて殺されている。そもそも政治犯だって無実の罪を着せられている人が大半だ。
 魂だけの状態になってもなお呪術に束縛されている魂。
 早く解放して欲しい。そう言いながら向かってきているようにスイには思えた。
 本来ならこの魂たちは肉体に宿り、これまでのように変わらない毎日を過ごしていたはず。それが叶わなくなった今、せめてこの魂を行くべき場所へ。
 横から不意に流れてきた人魂が腕をかすめていく。黒いローブが引き裂かれて細かい傷ができる。
 スイが大きく剣を振るうと、最後の一体が消滅した。呪縛から解放され、本来あるべき姿に戻って見えなくなったのだろう。
 光の柱が砂粒のように崩れ落ちていった。光の粒は風に漂いながら、やがて消えていった。
「なぜだ」
 結界を消すと、アラバスはその場にくずおれた。
「人を守るべき王がなぜ自分の欲望を満たすためだけに多くの人の命を奪ったのか。許せない。ヌビス、あなただけは絶対に許さない」
 その瞳からは涙があふれていた。
 振り返ったスイの顔を雲の切れ間から射してきた日の光が照らす。長い黒髪が風になびいてつややかに輝く。
 スイは傷だらけになった足を少し引きずりながらアラバスの方に歩いていった。
 アラバスの前まで来ると、屈んでその肩に手を載せた。
「ヌビスの時代は終わりました」
「そうですね」
 アラバスは顔を上げた。
「これからは私たちががんばっていかなくては」
 頷くスイを見ていて、アラバスがはっと気づく。
「傷だらけではないですか」
 スイのローブはぼろぼろになっていた。裂けた黒い布の隙間から痛々しい傷がのぞく。アラバスは涙をふいて治療を始めた。
「優しい魔力ですね」
「そうですか」
 スイの言葉にアラバスが微笑む。
「あなたはきっと良い国王になれると思います」
「それなれるように努力は惜しまないつもりです」
 こういう人こそ王にふさわしい。力を持つ人は他者の痛みや苦しみが分からなければならない。そう魔珠の里の人々のように。
「終わったようだな」
 レヴィリンが二人の方に来て言った。
「博士の勝ちのようですね」
 空を見上げた。先ほどまで黒い雲が立ちこめていたとは思えない。
 守りたい。この青い空を。これからもずっと。

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マーラルの研究所で見た魔術兵器が水晶玉程度の大きさだったことを考えると、確かにこの装置の大きさには疑問を感じざるを得ない。レヴィリンも首をかしげる。ただ球体の中には魔術兵器と同じように美しい光が浮遊している。
 光を見ているうちにスイは不思議な感覚に捕らわれた。何かが自分と呼応しているような感覚。何かは分からないが、はっきりと感じる。
「取りあえず問題はなさそうだ。作戦を続行しよう」
 レヴィリンの声でスイは現実に引き戻される。
 球体を魔力で支えているアラバスが視界に入ってくる。アラバスははっとしてこちらに気づく。目が合った。
 顔色が悪い。
 レヴィリンは二人の様子に気づくこともなく続けた。
「術式を解除する」
 何となく嫌な予感がしてスイは剣を構えた。
 レヴィリンは浮いている球体の方を向いたまま目を閉じた。意識を集中させる。先ほどまで部隊の魔術師たちと分析し、明晰なその頭脳で導き出した術式を記憶の中から少しずつ引っ張り出しながら魔法陣の形をイメージしていく。複雑な術式のため、少しの時間を要したが、レヴィリンが前に手を突き出すと、鮮明なイメージはほどなく美しい青い光の魔法陣となって現れた。魔法陣は球体と同じくらいの大きさになり、何層もの円の間にはびっしりと複雑な古代文字が敷き詰められていた。
 魔法陣の中心から球体に向かって膨大な魔力が光となって注がれる。
「下がって」
 球体に光が当たって砕けるのと同時に人の頭の形をした光が無数に飛び出してきた。スイが青竜を振るうと、光は消滅した。だが、次々と襲いかかってくる光を全て追い払うことはスイの剣の腕をもってしても不可能だった。
 魔術師たちも応戦してくれたが、魔術は光には通用しないらしく、何事もなかったかのように攻撃をすり抜けていく。
「何だ、これは」
「これは……呪術ではないでしょうか」
 戸惑う魔術師たちに青ざめた顔のアラバスが呟く。
「この中に、見覚えのある顔はありませんか?」
 マーラルの魔術師たちがぎょっとする。確かに。ヌビスに命じられて城の地下通路の牢獄から連行した政治犯がいる。魔術研究所や城内のヌビスの研究室に連れて行った。
「後ろに下がって結界を張ってください」
 スイの声に反応し、魔術師たちが充分なスペースを空けて後退する。
 スイは身動きが取りやすいように数歩下がると、まとわりついてきた光をくるりと飛び上がって一掃した。

次回更新予定日:2021/02/20

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「無論魔術兵器は里に回収されてないのですが、試作品のようなものは残っていました。と言っても、残っているのは容器と容器を維持する程度の少量の魔珠のエネルギーだけですが。大半のエネルギーは兵器本体に移してしまったので」
「なるほど。そこに何らかの手段でエネルギーを補う、あるいは定着させることができれば。いや、エネルギーでなく、魔力でもいいかもしれない。だが、その場合は大量の魔力を容器に封じる必要がある」
「博士の推論に基づくと、その容器があの光の発生源になるますよね。ということは、容器はあの光の柱の上または下にあるということですよね」
「確認しに行きませんか?」
 アラバスの発言を受けてスイが口を開いた。
「空に浮かべるよりは、海中に沈める方が容易ですし、見つかりにくいでしょう。ですから、海中にあると思います。魔力が感知できれば魔術で水上に引き揚げることも可能なのでは?」
「確かに。水上に引き揚げてその姿が見えれば、術式の解除作業もしやすい」
 レヴィリンが同意した。
「決まりだな。残り時間はどうかね?」
「はい。あと三十分といったところです」
「あまり時間はないな。急ごう。行くぞ」
 近くにいた魔術師から聞いてレヴィリンは早足で船室を出た。その魔術師の他に二人魔術師がレヴィリンに続いた。
「私たちも行きましょう」
 スイに声をかけられてアラバスが頷く。

 光の柱の横に船を着ける。波は穏やかではない。
 仄暗い水中をのぞいてみる。きらりと何かが光った。
「あれではないでしょうか」
 スイが水中を指差す。一同がしばらく目をこらして見ていると、スイの指差した方向に確かに何か光ったのが見えた。
「確認できた。引き揚げるぞ」
 レヴィリンが水面に手をかざした。ぼうっとしか見えていなかった光がだんだんくっきりと大きくなって、ゆっくりと浮上してくる。
 ざぶんと水しぶきが上がり、光がその正体を現した。
 一メートル直径ほどの球体だった。
「魔術兵器の試作品とおっしゃってましたよね」
「いや。これは試作品として作成した者で間違いないだろう。ただ質量がおかしい。魔力だけではない。他の何かがこの中にあるような。容器が膨張しているのもそれが原因と思われる」

次回更新予定日:2021/02/13

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レヴィリンからマーラル側の魔術師と自分の船に来て欲しいと打診があった。スイはグラファドの船で主を失ったヌビスの船に戻った。
 事情を話すと、アラバスは自ら同行することを希望した。部屋にいた他の魔術師二人も同行することになった。
「話は充分にできたか?」
「ああ。充分すぎるくらいにね」
 満足のいく結果が得られたようだ。キリトは重荷が下りたようで、晴れやかな顔をしていた。
「カミッロ先生の船で降ろしてもらっていいかな」
 カミッロの船に到着すると、キリトは言った。
「まだやることがあるから、ここには残るけど、いろいろあったし、取りあえず一旦陛下に報告書を書くよ」
「キリト」
 カミッロの船に向かおうとするキリトの背後からスイが呼び止める。
「ありがとう」
 キリトはにこっと笑ってカミッロの船に飛び移った。

 スイがアラバスたちを紹介すると、すぐにレヴィリンのいる船室に通された。
「マーラル王の護衛をしていらした魔術師の方たちです。こちらがアラバスさんです」
「ほう。お前がヌビスの子か」
「お目にかかれて光栄です、レヴィリン博士」
 アラバスは恭しく頭を下げた。
「ところで、いかがですか?」
 スイがずらりと並んだ数式を見ながら訊いた。
「原理はだいたい分かった。ただこのような現象を引き起こすには何か装置のようなものが必要だ。アラバス君、何か心当たりはないかね?」
「こちらを少し拝見しても?」
「ああ。構わんよ」
 アラバスは大きな机の上に無造作に重ねられた紙束の一つを手に取って読み始めた。
「例えば魔術兵器のようなものが必要、ということでしょうか?」
 すると、レヴィリンがにやりと笑った。
「なかなか優秀だね。マーラル王になるのをやめて、うちの研究所に来ないかね」
「博士にお褒めいただいて大変嬉しいのですが、私はマーラル王になるために魔術を勉強しただけの人間なので」
「才能があるのにもったいない」
 困ったように苦笑するアラバスをレヴィリンが残念そうに見る。アラバスは再び紙束を広げて確認しながら言った。

次回更新予定日:2021/02/06

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そんなことができるのか。訊こうとしていたカミッロはレヴィリンの様子を見てやめた。おそらくレヴィリンもそれを考えているに違いない。
「確かに魔珠の粒子同士が干渉するという現象は魔術兵器などでみられる。だが、世界規模の粒子同士の干渉となると」
「ヌビスはそのからくりを自白しないよう自害しました。その際、身を隠していたヌビスの子であると名乗り出たアラバスという若い魔術師が王位を継ぐ意思を表明し、この事態への協力を申し出てくれました。今、詳しい話をキリトが残って聞いています」
「なるほど」
 レヴィリンは一度思考を中断した。
「つまり、私がこのからくりを時間内に解かなければ、世界は壊滅的な状況になるということだな」
 レヴィリンは立ち上がってドアまで歩いていって開けた。
「博士」
 カミッロが呼び止めた。
「仕事ができたら、知らせてください。すぐに動けるようにしておきますから」
「頼んだよ」
 そう言い残すと、レヴィリンは外に出ていった。
「では、この時間を利用して詳しい報告を聞こうか」
 カミッロに促されてスイは頷いた。
 報告が終わると、スイは甲板に出た。レヴィリンの姿はなかった。横に着けたままの船にいるグラファドに声をかける。
「博士は?」
「この船からボートを出してもらって自分の船の方に行った。そろそろ分析結果が出ているとか何とか言ってたなあ」
 そういえば、スイが博士の船に行ったときも、すでに魔術師たちが光の柱を観測しながら、慌ただしく動き回っていて、紙に何か難しい数式を書いて議論したりしていた気がする。おそらくまずは光源の魔力を分析して、いかなる方法であの現象が実現可能なのかを考えようという算段なのだろう。
 スイはグラファドの船に飛び移った。
 グラファドとすれ違いざま、耳元で小声でささやいた。
「博士が戻ってきたら教えてくれ」
 そのままスイは鍵を受け取って階段を下り、奥の船室に向かった。
「待ってたよ」
 ドアを閉めると、船長の椅子に座っていたメノウがにっこり笑った。

次回更新予定日:2021/01/30

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