ヴィリジアン 第16章 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『ヴィリジアン』を連載しています。
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グレンはソードの胸から剣を抜いた。これまでソードの口から紡ぎ出された数々の言葉たちが一気に記憶にあふれ出し、グレンは涙した。
「ソード……僕は、君に何度も助けられたのに、君の悲しみを、どうすることもできなくて……」
 恐ろしい。他者の者を我が物にしたいという支配欲が戦争を引き起こし、その戦争に勝利するためヴァンパイアが生み出された。そのヴァンパイアによって人は狩られていった。その牙から逃れた者たちにも不幸な記憶、そして恐怖と憎しみだけを残していった。
 ソードもそのうちの一人。ただ失ったものに対する執着が誰よりも強かった。そして、それを成就させるだけの力があった。
 それがソードを縛りつけた。
 グレンはソードの横にかがみ、その左手を優しく握った。その手にはもう力はなかった。グレンはそっと手を元の位置に戻して立ち上がると、ウィンターの方にゆっくり歩いていった。
「なんて、声をかけてやれば、良かったのだろう」
 呆然とするウィンターの胸にそっと手を当てて、初めてその言葉にひそむウィンターの複雑な胸中が分かったような気がした。謝ることもできず、許すこともできず。グレンは優しい表情をした。
「ウィンターも、あまり自分を責めないで」
 静かに魔力をウィンターの傷ついた体に注ぎ込む。
「ありがとう。もう大丈夫だ」
 ウィンターは回復してもらった体をゆっくりと起こし、まだ少しおぼつかない足でソードの方に歩いていった。そして、顔をのぞき込む。
「ソード……」
 やはりかけてやる言葉が続かない。ウィンターはじっと息絶えた弟の顔を見ていた。しばらくして、やっと口を開く。
「何か、安心したような顔をしているように見える。気のせいだろうか」
「きっと、苦しかったんだよ。ソードも」
 グレンはにっこり微笑んだ。
「ソード、優しい人だから」
 そう言われて初めて涙がこぼれる。
 足音が聞こえてグレンは振り向いた。霧の合間から人の影が見えた。
「陛下、エストル様!」
 案内役を務めていた神官長が一歩下がった。すると、後ろにいたセレストが二人に声をかけた。
「お前がグレンか。エストルが士官学校にいたとき、お前の話は何度か聞いた。聡明で剣術にも魔術にも長けるとは聞いていたが、王騎士になっていたとは」
 グレンは美しい動作でセレストの前にすぐさまひざまずいた。ほめられたのが少し照れくさくて少し赤くなった顔をうやうやしく下げる。
「初めまして、陛下。王騎士のグレンです」
「そして、そちらがテルウィングから来たというウィンターか?」
「はい」
 グレンの後ろにウィンターもひざまずく。
「ソード」
 エストルはソードの顔を見つめた。様々な思いが込み上げてきたが、何も言わなかった。
「ゲートに、向かわれるのですか?」
 ウィンターがセレストに尋ねた。
「そうだ。取りあえず魔獣がこれ以上侵入してこないように、私が許可した者以外は通行できないように封印しようと考えている」
 すると、グレンの全身が緑色の光を帯びた。ヴィリジアンの魔力で瞬時に回復を終えると、グレンは立ち上がった。
「陛下、この先魔獣が現れるかもしれません。護衛いたします」
「エストルだけでも充分かもしれませんけどね」
 エストルは苦笑いを浮かべていたが、否定はしなかった。
「後で迎えに来るよ」
 グレンはソードに言い残して先頭に立った。
「行きましょう」

次回更新予定日:2018/06/09

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残っている力はわずか。もう一か八かでたたみかけるしかない。
 ソードは残っている魔力を全て手のひらに集中させた。
「来るよ、ヴィリジアン」
 グレンも静かに目を閉じ、意識を集中した。カッと目を見開くと、ヴィリジアンの瞳が輝いた。それに呼応するように剣の刃がくっきりとした緑色の光をまとう。
 ソードは残っていた魔力を一気に解放した。緑色の光が吹き飛ばされ、勢いをつけたソードの攻撃はそのまま一直線にグレン目がけて突進してきた。グレンはキッと鋭い目つきで攻撃を見つめ、強く素速く剣を振った。腕が折れそうな衝撃を感じながらも、ソードの攻撃を一瞬で振り払った。この一瞬に力を集中させなければ、押し切れないと思った。
「なんて、力だ……」
 力は足りていなかったかもしれない。ソードも覚悟はしていた。だが、グレンの先ほどの攻撃を蹴散らしたのだ。こんなに一瞬で振り切られるとは思っていなかった。そして、次の瞬間だった。
「あ……」
 素速すぎて動きが見えなかった。だが、確かに、ソードの胸に、緑色に輝くグレンの剣が刺さっていた。
 エルを失ったそのときから狂い始めた二人の時間。一方は、ヴァンパイアが来る前の何の変哲もない世界を取り戻すことによってその罪を償おうとした。そして、もう一方は、大切な存在をあらゆるものから守るだけの力を手にすることによってその罪を償おうとした。
 だが、その大切な存在は、守るべき存在は。
「ソード」
 グレンは穏やかな表情でソードを真っ直ぐに見つめた。
「エルさんは、もうこの世界のどこにもいない」
 すると、ソードは弱々しい、だが優しい笑みを浮かべた。
「違う。エルは、私の心の中に、記憶の中に確かにいる。だから」
 優しさに満ちた笑いが嘲笑に変わる。
「ただ生き残りたくて。心の中の、記憶の中のエルだけでも守りたくて、誰にも負けない強い力を求めた。私も消えてしまえば、エルは本当にいなくなってしまうから」
「ソード……」
「本当はどこかで気づいていた。強い力を手にすることで、逆に自分の身がより大きな危険にさらされる可能性も高くなるのだと。だが、引き返すには遅かった。もう強くなれるところまで強くなるしかなかった」
 涙が一粒、ソードの瞳からこぼれ落ちる。
「すまない、エル。これが私の力の、限界だ」
 緑色の光が消えるのと同時にソードは目を閉じた。魔力が完全に尽き、カーマナイトの核がヴィリジアンに侵食されるのを抑えることができなくなったのだろう。

次回更新予定日:2018/06/02

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「やめろ、ソード」
 声を振り絞ってウィンターが制する。だが、ソードは構わず先を続けた。
「引き分けとしても、双方が息絶えるまで続ける。引き分けと呼べるものがあるとしたら、それは相討ちの場合のみだ」
「ソード……」
 何を目指しているのか。なぜここまでして強さを証明しなければならないのか。ソードにしか分からない。ソードの歪んでしまった心にしか分からないソードだけの信念。
「それに」
 ソードの手がふわりと赤い光に包まれる。
「まだ全部使い果たしたわけではない」
 ウィンターは目を見開いた。終わりだ。もうグレンの体からは全く魔力が感じられない。力を振り絞って拳を握り、その拳を支えにして起き上がろうと試みた。だが、すぐに力は尽き、体が地についた。残っている魔力はないか、集中してみる。だが、どこからも力が湧いてこない。
「そうか」
 声に反応して顔を上げると、グレンが放り出された剣に手を伸ばしていた。
「応えて、くれるかな」
 優しい声と表情で剣の鞘を握りしめると、ヴィリジアンが緑色に輝いた。わずかしか残っていなかった魔力を注ぎ込むと、それが大きくなって還ってきてグレンの体の隅々に浸透していった。グレンは大地の感触を確かめるようにしっかりと手をつき、体を起こした。そのまま少しおぼつかない姿勢でゆっくりと立ち上がる。
「そんな。まさか」
 あまり見たことのない驚きの表情をソードが見せる。
「まだ、戦えるみたい」
 グレンはソードをヴィリジアンの瞳で見据え、剣を構えた。感覚が戻っていつもどおりのきりっとした姿勢に戻る。
「これは、負けたか?」
 皮肉っぽい笑みを浮かべはしたが、まだ諦めているようには見えなかった。
「今度はこっちから行くよ」
 剣がひときわ強い輝きを放つ。グレンは渾身の力を込めて剣を大きく振った。
「喰らえ!」
 ソードも魔力を放出してこれに対抗する。
 二つの光がぶつかる。ぶつかった瞬間、ソードは力が足りていないことを素速く察知し、温存していた魔力を足した。グレンの放った緑色の光は速度を落としたが、まだゆっくりと押されている。
「やむを得ないか」

次回更新予定日:2018/05/26

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青白い光が現れ、グレンの体を包み込むように膨張し始めた。
「それがお前の全力か?」
 ソードは拳に瞬間的に力を入れ、全ての魔力を集中させた。感覚がおかしくなるくらい強烈で鋭い痛みが全身に走ってグレンは絶叫した。青白い光が弾け、体が後方に吹っ飛んだ。全ての痛みや魔力から解放されたが、意識がもうろうとしている。
「なるほど。強い。マスターヴァンパイアの力を取り込んだだけのことはある。だが、そこまでではないのか?」
 ソードの声がすごく遠くで聞こえているような気がする。
 行ったり来たりしている意識をどうにかつなぎ止めようと必死になる。ここで意識をなくせば、ソードにやられる。もう二度と意識を取り戻すことはないだろう。ウィンターも抵抗のできる状態ではない。
 ここで、全てが終わる。
 荒くなった呼吸の音を聞く。音に集中することで意識が少しずつはっきりしてきた。力は湧かない。ソードの魔力に対抗するには全ての魔力をつぎ込む必要があった。体が空っぽで軽く感じる。
 意識は戻ったが、これでは戦えない。
 渇いた笑いが込み上げてくる。
 置かれた状況が少しずつ把握できるようになってくると、周りの情報も五感から入ってくるようになった。視界にソードが映る。そして、初めて気づく。
 ソードも息が上がっている。
 グレンは出せる力全て出し切った。それを抑えてあれだけの魔力を一気に放ったのだ。上級ヴァンパイアといえども魔力を消耗しないはずがない。
 グレンは弱々しい笑みを浮かべた。
「君も、もう魔力残ってないんじゃないの?」
「フッ、そうだな」
 答えるソードの表情にも余裕はなかった。
「あの最後の一撃で仕留めるつもりだった。よく意識を保ったな」
 上級ヴァンパイアたちの鼻をへし折ったグレンの精神力はだてではない。
「君は僕に勝って君の力を証明すると言った。でも、これ、引き分けなんじゃない?」
「引き分けか」
 ソードは嘲笑した。
「それではエルに申し訳が立たない」
 ソードの眼光が鋭くなった。
「どちらもまだ生きているしな」

次回更新予定日:2018/05/19

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「お前を倒さなければ力を証明できない。ウィンターにはその程度の力で充分だ」
「何……だと」
 悔しい気持ちしか湧かなかった。ソードの目の前で証明してみせたかった。人間が、どれほど強くなれるのかを。だが、グレンは首を横に振った。
「違うよ」
 そして、グレンは目を見開いて挑むように言った。
「今までずっと、僕にも本当の力を見せてくれたことがないでしょ」
 グレンは拳を握りしめて力を込める。
「上級ヴァンパイアの力はそんなものではない。それは僕が、いちばん知っている」
 すると、ソードが噴き出した。そして、それは狂気じみた笑いに変わった。
「そうだな。お前の言うとおりだ。さあ、お前の本気をぶつけてこい。どこまで力を解放できるか楽しみだ」
「いい加減にして!」
 グレンが走り出した。距離をつめると、剣ですっと弧を描いた。ソードは交わしたが、頬に一筋浅い傷が入った。構わず左手に魔力を集中させ、グレンにすさまじいスピードでぶつけてゆく。グレンが交わすと、足下で魔法が爆発した。
「君とは戦いたくない。でも、君がそこをどかないと言うのなら、君が最後の上級ヴァンパイアだというのなら、僕が、倒す!」
 宙に飛び上がり、魔力を込めて剣を振り上げる。だが、そのとき急に全身が赤い光に包まれ、空中に静止した。腕も動かない。
「く……体が」
 呪縛の魔法の一種だろうか。グレンは全身に魔力を行き渡らせ、解除を試みる。だが、体を縛りつけている魔力は想像以上に強力で、いつもの要領ではいかない。
「お前は強くなりすぎた。まずはその魔力を削らせてもらう。
 ソードが手をかざすと、光がゆらゆらと歪みだし、強い輝きを放った。
 体の内部から激痛が込み上げ、グレンは体をよじろうとしたが、それさえ叶わない。それでも、苦痛に対する体の反応が少しだけ呪縛の魔法を上回ったようで、わずかに体がぴくりと動いた。その瞬間、意識が遠のきそうになってあわてて引き留める。
「まだ……だめ」
 痛みが体を侵食していく。何とかしてこの痛みを断ち切らなくては。早くしないと、本当に意識を持って行かれる。もう一度先ほどよりも集中して、全身に大きな魔力を拡散してみる。中途半端な魔力では駄目だ。この痛みは上級ヴァンパイアのソードがこれまでセーブしていた力を解放して放った魔法によるものだ。それに対抗できるだけの魔力を放出しないとこの状態から抜け出すことはできない。
「あと、少し……」

次回更新予定日:2018/05/12

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